おはようございます、秋田市のしょうじ書道教室です。
読めればいいというものでもない。
さて。
ここはちゃんと書道教室のブログなんですよということをはっきりさせるためにも、
たまには真面目に文字の話などを。
西村能一『科学の名著50冊が1冊でざっと学べる』KADOKAWA on Twitter: “模試の採点をしていると気になることがあります。試験の答案は,採点者が読めるように書きましょう。定期テストや模試では返却後,採点に不満があれば問い合わせができますが,入試ではできません。綺麗な字でなくて良いですが,丁寧な字で書いてください。… / Twitter”
模試の採点をしていると気になることがあります。試験の答案は,採点者が読めるように書きましょう。定期テストや模試では返却後,採点に不満があれば問い合わせができますが,入試ではできません。綺麗な字でなくて良いですが,丁寧な字で書いてください。…
文字が汚いと何が困るのかというと、
「あなたが書いた文字を、相手が読めない」
ということに尽きるかなと。
自分さえ読めればいいや、という理屈は通じないのです。
文字というのは、誰かに向かって書いているのだから、
その相手が読めなければその時点でアウト。
端的に言うと学校。
採点する先生に、これは読めないと判断されるとテストで減点される。これが実際にあなたの身に起こる。
「読める」か「読めないか」というのには個人差がありますからね。あの先生に通じなかったらアウト。
例えば英単語。
「こんな単語、自分じゃ使わないし!」と思った学生時代。身に覚えがありませんか?
でもテストにはその単語が出てくるし、訳さないと問題を解けない。
自分で使う使わない、で英単語を覚えるのではないですよね?
これと似ています。
自分が分かる分からない、で文字を書くのではなく、
日本人の共通認識の範囲で文字の形を整えなければ社会で通用しないのです。
土なのか工なのか干なのか、
出すところは出して、出さないところは出さずに、
はっきりと書かないと通じない。
1ミリ出してるからこれは「土」だと自分だけが言い張っても、相手は老眼で「工」と読むかもしれない。
これが大事なテストだったら?
これが大事な誓約書だったら…?
これが大口の発注だったら……?
まとめ。
ということで、そういう意識をつけるために、
小学生のうちに一度、習字をやっておくのは良いことではないかなと思います。
「誰からもケチのつかない文字を書こう!!」
ってね。そんなに難しいことじゃないからね。
(ちゃんと読んでもらえないかも)と思うことは相手を思いやることにも繋がりますよ。
ていねいに。読めるように書きましょう。
しょうじ書道教室でした!